くもひとつない青空のように  迷うことのない道を歩いてきた  たとえ回り道に見えたとしても   私にとってそれが航路だ
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カテゴリ:ひびのこと。( 144 )

あの日から、2週間。 (2)

子どもさんを迎えに行くお母さん。
すれ違わないようにお子さんの情報を聞いておいたり、
そこにいる方々と情報交換をして、
ご主人と連絡を取るよう促したり東北にお知り合いがいないか確認したり…
私自身の話(函館と山形に両親がいて、仙台に義妹がいて…)をしたり、
阪神大震災を経験されている方とお話しているうちに、
誰ともなく落ち着いて行動できるようになりました。


お子さんたちがぽつぽつと帰ってきて、
お母さんたちが落ち着きを取り戻してきたのも大きいと思います。


真っ先にふみふみに連絡したかったけれど、
きっとお店も大パニックだろうと思って電話しませんでした。


けれど、函館も鶴岡も電話がつながらない。
もしやと思って、兄のいる沖縄にかけてもつながらない。
せめてメールをと思うと、メールは一応送れるので、
それからしばらく、事態が動くごとに
ふみふみ・父・義父・義妹・兄にメールを送りました。


そのうち母親が一緒にエントランスにいることに安心したのか、
余震も気にせず子どもたちが遊びはじめます。
私たちも停電が解決しないことにはどうしようもないし、ということで
誰とはなく、次第に、エントランスにレジャーシートやチョコレート、
充電器や懐中電灯など思い思いに持ち寄って待つことにしました。


地震から2時間ほど経ったでしょうか。
送れているはずのメールなのに、全く受信していないことにふと気付き、
試しにメール問い合わせをしてみると25件ほどものメールが。

登録してあるメールの地震速報もありましたが、
友人からのメール、そしてふみふみからの連絡もありました。
その後もメールは比較的順調で、
(といっても問い合わせをいちいち必要としましたが)
連絡手段があることの安心感を感じていました。


ふみふみは結局お店が18時閉店になるとのこと。
とはいえ帰宅難民が多いでしょうから帰りは遅いだろうな、と覚悟しましたが
早番だったこともあって19時すぎに「歩いて帰る」と連絡があり、
21時前には無事に会うことができました。

人が多すぎて多摩川沿いを歩いてきたそうなのですが、
空襲でも受けたように空が火事で赤く輝くのを見てきたそうです。


結局停電はまだおさまらず、
「いつまでもエントランスにいるわけにいかないから」と
21時でそこを離れ、それぞれの家に入りました。


夜までひとりでいることなく、
近所の皆さまや中学生の女の子と話をしながら待てたことは
とても心強く、ありがたく思いました。


(また、つづく。)
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by ballade-T | 2011-03-25 18:49 | ひびのこと。

あの日から、2週間。 (1)

今日の川崎はお天気も良くて、余震もほぼ感じなくて、
街に停電の影響があふれている以外は、本当に日常が戻ったかのよう。
でも本当は、違うところにいろいろな影響があります。
家や家族など大切なものを失ったわけではないけれど、
震災前の姿とは違う生活をしているという意味で、
私たちもまた、ある種被災者なのか、と思うといてもたってもいられません。

あの日、私はいつものようにパソコンをいじっていました。
テレビをつけながら、だらだらと。
するとゆさゆさ、と揺れ始めました。
私は地震がとても怖いので、いつも自分を落ち着けようとします。
けれど揺れは大きくなる。
家中が、ぐわしゃぐわしゃぐわしゃと音を立てています。
そばに立てかけてある大きな本棚を押さえながら、
ふるえる手でNHKをつけようとしました。

しかし、チャンネルを変えようとボタンを押したところでTVが消えたのです。

日中で明るかったので、一瞬停電だと気付きませんでした。

はっと我に帰り、「この大きな揺れは停電だ」と悟った瞬間
「これは大地震だ」「閉じ込められるかもしれない」
「外に出なければいけない」と
それまでただパニックだった頭がパニックなりに冷静になりました。


泣きながら窓を開け、扉を開け、お風呂場とトイレの扉を開け、
玄関を開け、ロックを挟んで扉が閉まりきらないようにしてから
どさどさと音を立てて揺れる中を、階段で1階まで降りました。


外の駐車場では止まっている車がぼうん、ぼうん、と跳ねています。
桜の木も電信柱も、ゆっさゆっさ、ぐらんぐらんと揺れています。
大風が吹いた、とかそういう景色ではありません。

いつも声を交わす管理人さんも外に出ていました。
顔を見るなり、「こわいー、こわいー」と叫び続けました。
管理人さんの腕をつかみ、声を出し続けることでしか
その場で生きていられないような気持ちになったのです。



どれくらい経ったでしょうか。
ようやく揺れが収まり、私はすぐさま心を落ち着け情報収集をしました。
ケータイから得た情報は、『震源三陸沖、M7.9(当時) 
川崎市中原区は震度5弱』ということでした。
私の人生で一番怖かった、北海道南西沖地震の揺れより大きかったので、
その震度に納得しながら「どこかで津波の被害が出るかもしれない」と
おぼろげに思っていました。



大通りから少し入った住宅街だったので
街の大騒ぎからは隔離されていました。
けれども、1人になりたくなくてその場を動けずにいると
それぞれ部屋にいた奥様たちも出てきました。
皆で肩を寄せ合うようにして、
またケータイで得た情報を話しながら、道路の真ん中に避難していました。
学校の子どもが気になって、迎えに出るお母さんもいました。



(つづく。)
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by ballade-T | 2011-03-25 18:48 | ひびのこと。

皆へ。【落ち着いてきたよ】

たくさんの皆さま、連絡ありがとうございます。

メッセ、メール、チャット、電話、SNSづたい、、、
とてもとても嬉しく、心強かったです。

まだちょっと、不安材料は多く、
まだちょっと、家を空けるのが怖く、
まだちょっと、どきどきしたりしますが、

でも、少し元気になりました。

少し元気になったら、やりたいことも出てきました。


とりあえずさっき春の陽射しのあふれる窓辺で
いつも通りとおる電車や
向かいのマンションの洗濯物や
子どもの遊ぶ声や鳥の声を聞いて
「あぁ、日常ってこんなにもいとおしいものなんだな」と思いながら
少しお昼寝をすることができました。

起きたら少し元気になっていたので
コンタクトに付け替えて、私も少しずつ日常です。

本当に、ありがとうございます。

これからも、つながっていようね!
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by ballade-T | 2011-03-13 17:41 | ひびのこと。

皆へ。

たった今、マグニチュードが9.0に修正されました。
私のいた川崎市中原区は震度5弱。
長く、大きく、恐ろしい揺れでしたが、
幸い私やふみふみの親族関係含め、
思いつく限りの皆の無事が確認できました。
今は余震が続いていますが、大きな被害もなく過ごせています。


この幸いな状況を踏まえて、私にできることを。
何ができるかしら、どんな風に?誰に声をかけようか。
いろいろ考えてることはあるのだけれど。



心が動かない。



余震。気づかない人もいるくらいの、ほんの少しの揺れ。
フラッシュバックと言うほどひどくないにせよ、
心臓が早鐘を打ち、テーブルの端を掴んでしまう。
揺れが収まってからも、一昨日のこと、
小さな時の記憶、思いだしてしまう。


北海道南西沖地震。小学校5年のときだったかな。
両親と同じ部屋で寝ていた私。
寝ぼけ眼の私に、母が必死で覆いかぶさる。
父が箪笥をおさえる。ものすごい音。机の上の本やものが落ちる。
おさまり、居間で家族合流。金魚の水槽から水がこぼれ、
金魚が床でばたばたと跳ねる。
そんな函館でも、発表の震度は4(旧震度基準)。

震源が近い。奥尻の向かい側に住む、祖母の安否。
朝になり祖母のもとへ。向かう途中の、揺れと津波の惨劇。
波打つ国道。歪んだ田んぼ。廃材の山になった家のあと、
電線にひっかかる昆布。電柱の上に、水で濡れた跡を示す線。
それからいつの頃までかかったか覚えてないけど、
眠るとき、ラジオや音楽をつけて、
枕元の電気をつけておかないと眠れなかった。
そんな記憶が、瞼の裏に、焼き付いている。




でも、もう私も大人になり、幸い被害は何もない。
早く心を落ち着けて、そしてひとまず部屋の片づけでもして、
それから私にできることを行動に移していかなくちゃ。




だって、


行動力が私の取り柄だから。





でもお願い、そのために、少しだけ皆にお願いがあるんです。

メールでもいい、このコメント欄でもいい、
それからツイッターでもチャットでもいい。
いつもより少しだけ強く、私とつながっていてくれませんか。


他愛ない話でもいい、地震と関係ない話でもいい。
昨日見た夢の話や、明日のお天気のこと。

情けない私ですみません。

今回の地震体験も、記録のため残しておこうと思っています。
もう少し落ち着いたら。
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by ballade-T | 2011-03-13 12:46 | ひびのこと。

いよいよ明日。

第一志望校、


東京藝術大学音楽学部声楽科

の入試があります。



この不況と少子化の中で

正直レベルや倍率を下げている名門私学もある中で


今なお最高峰として佇む場所。



27になって見つけた私の夢をかなえるために

とにかく浪人せずに入りたくて
ひとつは確実な短大を受けたけれど。



「行けるもんなら行ってみたかったけど」
って遠吠えをしながら学ぶのは違うんじゃないか?と

藝大受験を決意しました。



準備期間からしても、記念受験だろうな、
と思ってました。

「無謀だねー!」なんて言われそうで
今日まで皆に言えませんでした。


今でも受かるとは思えない。

それでも、自分の可能性は信じたいし、
この無謀な挑戦にもかかわらず全力で支えてくださった先生お二人に
教えていただいたことはすべて出したいのです。


そのためには、なんとしても最終まで行かなくちゃいけないんです。


そして私の夢のために、
私を通じてうたに出会うであろう、北日本のすべての人のために、

やっぱり行けるもんなら行きたいんです。



26歳でお店異動になって色々あって人生を見つめ直せたり、スランプの時に限って素敵な言葉に出会えたり、この年で素敵な先生に巡りあえたり、ちょうど良いタイミングで体調が変化したり、これから進学して転職する私の夢を皆が応援してくれたり(しかもあまり驚かずに)、ふみふみや両家の家族が許してくれたり、もんじゃの皆に会えていろんな声や想いに出会えたり、お金が無事たまったり、明日の日程が無事午後一番っていうイイ時間だったり、



とにかくすべて、
都合良いように解釈できることばかりおこるんです。(自意識過剰含む)




あとは、たぐりよせる私の思いと、
今年の受験生のレベルがどれくらいかっていう、
私にはどうにもできない運の部分と。




とにかく、明日、午後1時すぎに。

思いをすべてこめて、上野で音楽してきます。







みんな、オラにチカラを!!!(違)
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by ballade-T | 2011-02-24 22:33 | ひびのこと。

ひとつの決意と無数のぬくもり

突然ですが。

12月31日付で、株式会社文教センターを
スポーツスパアスリエあざみ野を退職いたします。

事務職として3年7か月。
たくさんの人に出会い、ともに仕事をし、
お店を創り、守り、成長してきた時間でした。

上司に恵まれ、同期に恵まれ、同僚に恵まれ、後輩に恵まれ、
実に豊かで実りある時間でした。
つらいことがなかったわけじゃない。
悲しいことがなかったわけじゃない。
それでも、それを上回って余りあるほどの
達成感や充実感を感じることができました。


けれど、そんな実りの場所を巣立つ、決意をしました。


小さな頃から大好きな、音楽。
「好き」という言葉で片付けられるほど
楽しいだけのものではなくて、
音楽のせいで泣いたりくやしかったり悩んだりして
それでも手放すことができないもの。

私そのものなんじゃないかって思うくらい
ごく自然に、いつもそばに、音楽がある。

今までは、ただ好きなだけだったし、
私なんかよりうまい人や努力する人をたくさん見てきたから
「私なんて趣味程度だ」と思っていたけれど
そうじゃなくするのは自分なのかもしれない、と
いろいろな経験をするうちに思えてきて。

どこまでやれるか分からないけれど、
4月からまた学生になれるように、
きちんと音楽科の教育を受けられるように、受験勉強しています。


いつかもういちど舞台に立つ私を見て欲しい!
そして歌の持つ夢のようなパワーや時間を
1人でも多くの人に感じて欲しい。
さらにはその喜びを、次の世代へ伝えていく架け橋になりたい。

突拍子もないけれど、夢で終わるかもしれないけれど、
結局お金と時間を無駄遣いした趣味になってしまうかもしれないけれど、
それでも挑戦してみたいと思いました。
一度思ったらどんどんビジョンがはっきりしてきて、
いてもたってもいられなくなりました。
そうして、退職と受験を決意しました。


こんな夢を、反対ではなく応援してくれるアスリエの皆に。
ふみふみに。両親や義両親、兄夫婦に。
感謝の気持ちを忘れずに、これから歩いていこうと思っています。


というわけで、これからもよろしくお願いします!!
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by ballade-T | 2010-12-30 13:03 | ひびのこと。

またしても日が空いてしまった

皆様、元気ですか。


とてもとても久しぶりの更新となってしまいましたが
私は元気です。

毎回「今度こそ」なんて言ってる気もしますが

懲りずにまた言っちゃいますが

今度こそ更新していこうと思っています。



と宣言した矢先になんですが

12月はとっても忙しくなりそうな予感で

すでに手帳に何もない日がひと桁という…汗。。。




師でもないのに走ってばかりになりそうですが

素敵な予定も満載なので

体を壊さずに行こうと思います。



懲りずに、懲りずにお付き合いくださいませ。
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by ballade-T | 2010-11-27 11:37 | ひびのこと。

忘れてはいけないもの、知らなければならないもの

今朝、広島の平和記念式典のテレビ中継が途中で中断され、
高視聴率をマークしている朝の連続テレビ小説が放映されたそうです。



…なにか、間違っていると思うのです。


私はどの政党に傾倒しているとか、憲法をどうしなきゃだとか、
思想的なこだわりはありません。

どの宗教を信じているだとか、神様がいるとかいないとか、
そういうことについて議論をする意味も感じません。

原爆ひとつに、どんな政治的な意図があったのか、
どんな理由があったのか、正しかったのかどうなのか、
そんなことについて論ずることにも加わりません。



でも、実際に体験していないからこそ、好きなドラマさえ放映しない
その意味を、重さを感じて生きていなくちゃいけないと思うのです。



*********************
小さな頃、母と2人でテレビを見ていると
突然サイレンが一度響きわたり、母が目を閉じる日がありました。
「なに?」と聞いても「いいからあんたもしなさい」と、
黙祷というものの存在も知らないまま私も目を閉じたことを思い出します。
サイレンが鳴り終わり、またNHKが、晴れたヒロシマの空の下に集う
たくさんのダークスーツのひとたちを映し出す頃、
母が「今日は広島の日なのよ、そしてしあさってが長崎の日。
おぼえておきなさい」と教えてくれたのを思い出すのです。


私たちが、想像力を働かせて守り、伝え、忘れずにいかなければならないものはなにか、
もう一度考えなくちゃだめだと思います。
そしてそれは、犠牲の上の場所ではなく、
犠牲のない場所だというのが、私の考えです。



「正義の戦争より、不正義の平和のほうがええ」(井伏鱒二『黒い雨』より)
「こどもたちよ/あなたは知っているでしょう/正義ということを
正義とは/つるぎをぬくことではないことを
正義とは/“あい”だということを」(大平数子『慟哭』より)



中学だったか高校だったかの頃、心を突き動かされた言葉と、
今日出会い、奥までじゅくっとつかみとられた言葉です。


私が今日ここに書くことで、誰に届くかわからない。
でも、私の心にまた、改めて、新しく、忘れないように、刻みます。
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by ballade-T | 2010-08-06 21:52 | ひびのこと。

上がる気温とボルテージ

この頃告知ばかりだったので、
久々に日常でも綴ってみようかと思います。

先週末、大学時代の愉快な仲間たちと集まってきました。

場所は新宿。
メンツは先月も集まった愛すべきヒマ人たち…
かっぺ〜、ハヤトさん、ふみふみ、SOUICHIROU。

と、


なんと!!!


SOU氏の噂の彼女、りまむさん☆

合唱という、汗臭く濃ゆい世界とは縁遠い
年上の方と聞いていたので
どんなお姉様が現れるかと思いきや


優しい!可愛い!面白い!!


ノンアルコール、オール炭酸で
おバカなテンションを繰り広げる私たちに
イヤな顔ひとつせずついてきてくださいました。


幼稚園の先生をされてるそうなのですが、まさに。納得。

今後とも仲良くしていただき、女子力UPを目指します!!!


その反動か、日曜日は二人でおうちでだらだら。

夜はトマトたっぷりの夏野菜カレーを作りご満悦☆


月曜日の夜は二人で早く上がれたので、
月に一度のごほうび外食!!!

『ふだん使いにはちょっとお高めなお店で
ラグジュアリーな気分を』がモットーのごほうびごはんですが
今回は日本酒とお魚の美味しい武蔵小杉の名店へ。

平日週末問わず混むお店でしたが運良く待たず、
いつもと変わらない素敵なおにいさんたちが
たくさんの気遣いをちりばめた素敵なおもてなしをしてくださいまして
心まで満たされて帰宅しました☆☆


あれ?なんかただのご飯日記に…


次回はもう少しまともなこと書きまーす(笑)
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by ballade-T | 2010-07-27 19:42 | ひびのこと。

こたえがない、こたえ

今日は会社の研修でした!

事務職ですが現場のこともしりたいということで参加。

「実際の現場で、こんな場面に遭遇した時どうする!?」というのを
ロールプレイングを交えながらディスカッションしていきました。


マジメなテーマだと
『A様のお話をうかがっている最中に、B様からお呼びの声が。どう対応する?』
私たちは営業ではなく店舗での接客になるので、
いろいろなタイミングでお客様に対応するシーンというのが
往々にして発生します。


A様のお話も聞かなきゃ、でもB様をお待たせするわけには…。。。


どんな対応をすべきなのか?皆の答えはいろいろさまざま。




くだけたテーマだと
『お客様がおやじギャグを言ってきた。さぁ、どう切り返す!?』
もちろんマジメに受け取るのはちょっと違います。
講師のMさんの言葉を借りると「瞬発力の必要な接客」ですが
お客様とのコミュニケーションを楽しむということもそうですし
そうできる関係にまでもっていくことも大切です。






いろいろな店舗のいろいろな方とお話しする中で、
いろいろなパターンの回答を聞くことができました。
そしてそこから生まれた答えが
タイトルの通り、『こたえがない』ということなのです。


お客様の状況によって、建物の構造によって、
その時の話題によって、その日の天気によって、
スタッフの人数によって、性別によって、
お客様に一番喜んでいただける接客は変わってきます。

強いて言うなら、
そこにある、私たちが選ぶものは「答え」ではなく「応え」なのかもしれません。



お客様の喜ぶ顔を、いちどでも多く見るために。
「鈴木に話して良かった!」と、少しでも多くの方に言っていただけるように。
そして、それを心から嬉しい!と思えるように。

また一歩一歩、皆と歩いていこうと思いましたとさ。
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by ballade-T | 2010-05-20 17:42 | ひびのこと。