くもひとつない青空のように  迷うことのない道を歩いてきた  たとえ回り道に見えたとしても   私にとってそれが航路だ
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dear しんじゅく

こんにちわ。ばらっどです。
今日は、大学時代の同郷の後輩のブログからネタを拾ってきました。
彼の名を しんじゅく といいます。本当は違うけど。

彼は基本いいヤツなんですが、
その分?意外と心の中でぐるぐると自信のないところや
暗い黒いところを抱えています。
誰しもが抱えている黒いところを、
彼は真面目でいいヤツだから見過ごして生きられない。
なんとも考え込んだり、それのせいで悩んだり。
その辺のちゃらけたイケメンより、
よっぽど人間くさくて格好いい男です。

そんな彼が悩んだのは『最高の芸術とは何か?』ということ。
それを考え始めたが最後、
自分の生きる意味まで考えられちゃうんだから、
彼は本当に、思慮深くて素敵な男です。



***************
さてここからはしんじゅくに。
「コンクール向けと演奏会向け」についてだけれど、
本来、本当の意味では同じであるべきだと思う。
でも、コンクールは、数限りなく存在する「最高の芸術」ではなくて、
「より多くの人にある種の感動を与えうる芸術」を作り、披露する場だと思う。

はっきりいってしまえば、
技術も情感も稚拙にしかなっていない芸術が
誰かの『最高』たりえるには、
タイミングや、何かしらの理由やいわくや思い入れや、
芸術以外の何かが介入しないとなりえない。
そしてその「何か」は、えてして個々人で千差万別。

その千差万別の基準をもって判断できないから、
より多くの人が感動を覚える芸術が
大抵持っているもの―たとえば合唱で言えば音程や強弱といった技術―で比較して、
より高い質でそれらを具現化しているものがよりよい賞を与えられる。

だからコンクール向けっていうのは、
例えばそうした技術を出しやすい曲であったりするわけだし、
そこには当然、「成功させなければ」といった思いがしばしば見える。
もちろんそれが悪いことではないけれど、
そればかりが前面に出てきて苦しげだったり真剣過ぎたり、
ときに殺伐とさえした芸術が見えることもあるのは事実。

一方で演奏会っていうのは、
芸術的にはもっと雑念が入ると思ってる。
雑念といってしまうのは乱暴だけれど、つまりは芸術以外の要素ということ。
合唱で言えば、指揮者の伝えたい思い、団員たちの頑張ってきた思い、
あるいは誰かの思い入れ、とかそんなようなものが与える技術的なブレ。

でもその思いや、思いが生むより爛漫な表情が、
ときにはそうしてうまれてしまったブレさえもが
その演奏の魅力になる―コンクールでは致命的になることさえあるというのに―というのは、
しんじゅくも体感しているんじゃないだろうか。

私はそういう違いがある、と思っているよ。
けれど、本来芸術―音楽も含めて―の表出というのは
どんな場所であろうとも持てる力の全てであるべきだと思うし、
そのとき何に気をつけるべきか、それが違ってはいけないとも思う。
私にとって音楽がいつも自分の呼吸と同じくらい
当たり前で、それでいて自然なものであるのだから、
どんな場所であれ同じ状態で表出したいと思う。

ただ、「同じ素材を同じように調理しても、
それはいつも新鮮で、新しいものである(『大使閣下の料理人』より)」のと同じように、
芸術というものは、同じものを同じように表出したとしても
全く同じものは生まれ得ないし、
享受する側も全く同じ感じ方をするなんてありえない。

だから結局のところ、
芸術に基準なんてないという点ではしんじゅくに賛成。
だけれども一方で、ストイックでさえある鍛錬や訓練に裏付けられた
技術が生み出す繊細な―ときにはダイナミックな―表現に、
私は憧れや魅力を感じたりする。
それを評価する気持ちは素直に抱きしめていたいと思うし、
よりその表現が豊かだった人をよりたたえようとするのも理解するよ。


それからこれは余計な話だけれど、
誰にとっても必ずその人だけの最高の芸術があって、
それは決して技術や芸術としての素晴らしさだけじゃないってわかっているのだから、
そのことは芸術を人間に置き換えても必ず言える、と信じてみるのはどう?
誰にとっても必ず大切な人がいて、だから必ずどんな人にも
そこにいる価値があるんだと思う。
その価値を最後までわからないのは意外と自分なんだろうな、きっと。
そんなあなたに、ブルーハーツの『首つり台から』と『ロクデナシ』をおススメします。
もしこのふたつをきいて「そんなガッツない」と思ったときには、
是非『夕暮れ』を聞いてください。


では、この辺で!
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by ballade-T | 2007-04-09 21:01 | ひびのこと。