くもひとつない青空のように  迷うことのない道を歩いてきた  たとえ回り道に見えたとしても   私にとってそれが航路だ
by ballade-T
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
お気に入りの場所。
=おともだちの部屋。=
ほのぼーの亭
Maybe there's hope
RocK & LivE
Talk about my Thought and Days
いがの徒然日記
『人生は短編小説だ』~成澤広幸、音楽の日々~
With Art photolog
Your Love and The Crossing.

=ぷろふぃーる。=
なまえ:ballade-T
  うたうときには ballady
じゅうしょ:
  やまがた市やまのふもと
うまれたところ:
  はこだて市うみから5分
すきなこと:
  おんがく全般、料理、
  ぴくにっく、どらいぶ
おおきさ:
  びりやーどのキューと同
  じくらい
カテゴリ
全体
ひびのこと。
たびのこと。
ほんのこと。
おとのこと。
こころのゴミ箱
ことばつむぎ箱
以前の記事
2013年 03月
2012年 04月
2012年 03月
more...
ライフログ

自己ベスト


ave maria


天使なんかじゃない―完全版 (1)


下弦の月―Last quarter (上)


ぐりとぐら


魔女の宅急便


GTY‐550040 ショパン全集3 バラード (パデレフス

DELFONICS
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

ひとのことばがあみのめを伝ってあるきだす

どうも。住金の演奏鑑賞記を書こうとPCを開いたら
ちょっと気になるニュースがあったので。

重い話を長々と書くので、ダメな人は戻るボタンを押してね。

東大が学生ツイートに注意喚起 「責任を持って行動」呼びかけ
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/computer/twitter/?1311342042

なんというかね、注意しないといけないなと思う。
今の若い子(という言い方は使いたくないけど)は、
ミクシィとかプロフがネットの入り口って子が多いだろうから特に。

たとえば、誰かにコメントをつけると、
私のmixiネームにはかかわらず
「ともえさん」って返信をくれる子が多い。
これはネットと直接でのコミュニケーションが
ごちゃまぜになってるからこその現象なんじゃないかと思う。
私自身は気にしていないけど。
(なので特に直さなくていいからね)

ネットに流した情報は思いのほかいろんな人が見ているし、
しかもそのいろんな人の中に
『自分とは全く縁もゆかりもない人』が含まれているという自覚を持たなくちゃ。
じゃあ、そういう人に自分が思うことを話すとき、
何に気をつけたらいいのか?

無意識に、友だちの個人情報(本名)や、社会的な自分の存在を
危ぶむこと(例:テスト、カンニングして乗り切った☆とか)を流してないか?
またそのことの危険性や影響を
どうか考えられるようになって欲しいと思う。

さっきの名前の件に関して言えば、
どうして本名じゃない名前を設定しているのか?というところまで。
ある人は、自分と知られずに、普段の全く違うものを表現したいからかもしれないし、
ある人は何となくかもしれない。
もちろん、本名で平気!とか本名が都合いい人だっている。
いくらプライベートで知り合いだとしても、
ネット上で話すときにはネット上の名前で呼ぶのが自然だし、
それがネット上での付き合いだしマナーなのかな、と思う。

長くなっちゃったけど、「ツイッターで○○の発言が問題に」
というニュースを見るたびにその人の世界の狭さを憂えてしまう。
自分の見える範囲にしか世界を見られない人は、
ネットで発信する権利など持たないのでは?
もちろんどんなに視野の広い人でも、
それ以上の影響に驚き学ぶ可能性はあるけれど。

だから、というだけではないけれど、
私はいつどこで、どんなコミュニティの人に知られてもいいことを書くし、
マイミクというより深い関係には実際知っている人しか入れてない。
それはそれ以上に広げてお話しする自信がないからでもある。

逆にツイッターは、もっと外の人と話してみたいという気持ち。
音楽のつながりをもっと。合唱のつながりをもっと。
人の、言葉のつながりをもっと。
そして、地域を越えて、世代を越えて巡り合えるご縁があるなら。
ツイッターは、そんな気持ちが先行しているんだよね。

なんだか壮大な話になってしまったけれど、
要するに、相手が知り合いかどうか、見えてるかどうかにかかわらず、
自分の言葉を受け取る誰かを思いやることを大切にすること。
それを、「自分の言葉に責任を持つ」と呼ぶということ。
これをもっともっと、若者たちは考えて知って
実践してかなきゃならないと思う。

もちろん、私たちオトナも。





*******************

なんだかエラそうに書いてしまったけれど、
短大に入学して、自分自身が学ぶ立場になって嬉しい反面、
私よりずっと若い子たち、社会に出たことのない子たちが触れる
社会の片鱗として私はいるのだな、という責任も感じています。

直接なにかを教えられるわけでは勿論ないけれど、
一度は社会に出た人間として。
彼女たちより多く生きている人間として。

ダメな見本にだけはなっちゃいけないな、って責任。

それは、単位を落とさないとかさぼらないとかそういうことじゃなくて
人のせいにしないとか人に迷惑かけないとかそういうところ。

これでも少しはオトナなんだなぁって、思うから。
それに見合った日々を、すごしていこうと思います。
[PR]
by ballade-T | 2011-07-22 23:29 | ひびのこと。